僕は見習いナチュラリスト WEB編

日々の自然観察で気付いたこと、サファリの回想録など

マサイ特製ヤギスープ

 

雑誌の取材手伝いで、僕はマサイ族におけるヤギの正しい料理方法見学に立ち会うことになった。
まずは、マサイ族の食生活を説明したほうがいいだろう。
牧畜民の彼らはウシと共に生活している。しかし特別な理由がないかぎり、めったにウシを殺して食べない。ウシはマサイの財産なのだ。

そしてウシのミルクがマサイ族の主食となる。ご飯やパンなどの固形物ではなく、主食は液体というのはびっくりさせられる。マサイ族に太った人がいないのは、食生活に関係しているのかもしれない。

そして1週間に数回ほど、ウシの動脈より採った血をミルクに混ぜて飲む。野菜や果物を一切食べないマサイ族のビタミン、ミネラル補給はウシの血液で補う。つまり、ミルクと血を混ぜた飲み物はバランスの良い完全食となる。

マサイ族はヤギやヒツジも飼っていて、こちらは食肉用となるが、普段は食べない。では、いつ食べるかというと、お祝い事や家族に病人が出て栄養を付けるときなどだそうだ。

今回は取材ということで、伝統的なヤギ料理を作ってもらう。

取材班はお金を払って、マサイ族から大きなオスヤギを買う。料理するのはマサイ族だが、ヤギを食べる役目もマサイ族なので、現金をもらいその上今日はヤギが食べられるということでみんなうれしそうだ。てきぱきと準備を始めた。

 

料理を仕切るのは女性ではなく、戦士と呼ばれる男たちだった。

戦士たちはと殺するために、ヤギを連れて集落から離れたブッシュへ向かう。マサイ族の掟では、生き物(人も含め)が集落の中で死ぬことはタブーとなっているからだ。また、と殺を行うのは男性の仕事で、女性や子供は見てはいけないことになっている。

二人の戦士がヤギの前足と後ろ足をつかんで、ヤギを横倒しにした。そしてもう一人が両手でヤギの鼻と口をふさぐ。

一体どんな儀式なのだろうと黙って見ていると、これが何かの儀式でないことが少ししてからわかった。ヤギを窒息させていたのだ。

取材班のドライバーとして集落まで一緒に同行し、暇つぶしに見学していたギティムおじさんは、みけんにしわを寄せながらつぶやいた。

「ライオンスタイルだ…」

僕は農業高校の畜産課だったこともあり、日本にいたときから家畜の殺し方は色々見てきたはずだった。でも、窒息死させるやり方は見たことない。

ギティムおじさんのいう通り、まさしくライオンが大型草食動物を倒すとき、獲物の鼻と口をくわえ込んで最終的に窒息死させることがある。それと同じやり方だった。
ヤギは暴れることもなく、5分ほどで戦士が手を離すと眠るように息を引き取っていた。

一人の戦士は腰につけているナイフを抜き出すと、慎重にヤギの喉をたてに切った。このときもう一人の戦士が喉の皮をひっぱり、流れ落ちそうになる血を皮の内側にたまるようにした。そこへ戦士たちが代わる代わる口をあて、たまった血を飲み干した。ヤギの血は一滴も地面へ零れ落ちなかった。

それを目撃したギティムおじさんは、気もち悪そうな顔をして退散していった。ライオンの食事風景は目をキラキラさせて観察するギティムおじさんなのに、同じ人間の生々しい行為を見るのは、街育ちでインテリの彼には耐えられないようだ。最初は「ヤギのバーベキューを一緒に食べよう」、と楽しみにしていたのに、今は「車で待っている」と、ギティムおじさんは食事をあっさり辞退してしまった。


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数人の戦士たちの手によって、手際よくヤギの皮がはがされ、見る見る解体されていく。

地面に青い葉のついたオリーブの枝をひいて、その上に部位ごと切り離された肉塊を並べていく。この段階になってしまえば、もう肉屋の陳列と変わりはない。

そしてすでに用意してくれた焚き火の周りに、枝に刺した肉塊を並べていく。

新鮮な肝臓の一部は、切り取って生のまま口にした。マサイ族も「レバ刺し」を食べるのだ。

お腹の空いている者たちは、白くて細長い小腸も切り取って生で食べていた。口の中でコリコリと音がしている。

彼らが食べているところをじっと見ていたので、僕もお腹が空いていると思われたらしい。

「食べないか?」と、レバーの片切れを手渡された。レバーはしっかりした弾力があり、ほんのり温かく、まだヤギのぬくもりを維持していた。少し考えたけど、生ではやはり食べる気にはなれず、枝に刺してもらって焼いてもらうことにした。

肉の半分は集落へ運ばれていく。それは女性たちで分配され、女性と子供たちで食べる分になるという。マサイ族の習慣で、男性と女性は分かれて別々に食事をとるのだ。


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きれいにはがされたヤギの皮は、日当たりのよい場所で裏返しにして干される。乾いたら家の中で敷物として利用される。

最後に残ったヤギの頭はどうするのだろうと思っていると、長老が抱えて焚き火の中にくべてしまった。やっぱり食べないのだろうか。それとも、あとでイヌのエサとするのか。

「薬を作るのだよ」

長老はそう言って、焚き火の中にくべたヤギの頭を取り出すと、ナイフで焼けた表面を削り出す。一度燃やすことで毛を取りやすくしたのだった。

ナベが持ち込まれるとヤギの頭と内臓を入れ、川の水を注いで火にかけた。こちらは煮込み料理になるようだ。

沸騰が始まると、木の皮を一束投入する。

この木の皮は知っている。「オルマロロイ」と呼ばれる山にある薬樹で、マサイ男性の滋養強壮剤だ。


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そろそろ、棒に刺した肉が焼けたようだ。

肉の焼けた表面部分からナイフでこそいで食べる。僕も喜んで手を出した。

食べさせてもらったところは肉厚の太もも部分で、この肉は本来目上の者しか食べることのできない、とっておきの肉だという。

確かに旨かった。僕はアフリカへ来てからヤギとヒツジの肉を好きになった。日本でヤギ肉を食べたことがない。ヒツジの肉は食べたことがあるが、独特の臭みがあってあまり美味しいとは思えなかったのだ。

しかし、ここで食べさせてもらうヤギもヒツジも臭みがない。食べ物や環境で肉の味は変わるからだろうか。やわらかくてかむたびに旨みが染み出してくる。クセがなくて、いくらでも食べることができそうだ。

勧められるままレバーも食べる。中身はまだ血が滴っていたけど構わず口に入れる。歯切れよい食感と甘みを感じた。

肉はどれも美味しい。でも、ただ焼いただけなので僕には塩気が足りない気がする。

「塩ちょうだい」と言うと、笑われた。どうやら塩や香辛料をつけて食べないらしい。

僕は醤油を持参しなかったことを少し悔やんだ。

ところで取材班の人たちは撮影に夢中だけど、とっておきの焼き肉に手を出さなかった。せっかくの機会なのに、もったいない気がする。


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ヤギの頭入りモツ鍋は沸騰してきた。

スープの表面にブクブクと泡がたくさん浮かんでいる。ヤギのアクか、それとも茶色い川のアクなのだろうか。

「アクを取らないのか?」と、すくい取る仕草をすると、ビックリされた。

「ここに栄養がたまっているのだ。捨てるなんてもったいない!」と叱られる。

ほどなくしてナベを火からおろし、内容物を全て取り出した。

茹でたてのモツを切り分けてみんなで食べる。ヤギの頭は、統率して料理していた長老がナイフで頭がい骨をこじ開けた。そして、うれしそうに白いプリンとした脳みそをつまんで食べる。

脳みそは長老が食べる特別料理かと思っていると、戦士の一人が教えてくれた。

「あの長老は歯がほとんどないんだ。だからやわらかい脳みそが好きなんだよ」

 


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これでマサイ式伝統ヤギ料理を一通り体験したと思ったら、大事なものを忘れていた。

ナベに残るアクの詰まった汁。これが薬だったのだ。

枝の先が広がった棒をナベに入れ、スープをシェイクし始めた。

戦士たちは「これでもか」と言わんばかりに力を込め、交代しながら長い時間かけてスープをかき混ぜる。戦士が説明してくれる。

「こうして、中に入っている脂肪や薬の成分をなじませ、均一にするんだ」
なるほど、表面に浮いていた脂分が完ぺきに溶け込んで見えなくなっていた。途中で味見をした戦士は、味が濃いと思ったのだろうか、おもむろに新しく汲んできた川の水を鍋に注ぎ込んだ。

「身体によい」と聞いて、スープくらいは口にするつもりでいた取材班だったが、

「煮沸されてない生水が入ったら、もう飲めない。加藤君は飲んであげて」

と、後ろにひいてしまう。

さすがに僕だって、茶色い川の水をそのまま飲んだことがないので抵抗がある。だけど、せっかく作ってもらったのだ。責任を引き受けるつもりで、コップに入れてくれたスープを飲み干した。

ヤギの風味はあるが、こちらも塩を一切使わないので味という味はしない。少しだけ苦味が舌に残る。これが薬樹の味だろうか。まさしく飲み薬と言った感じだった。

これで本当に伝統ヤギ料理尽くしは終わった。

肉をたらふく食べた戦士たちは、うれしそうに「またやろう」と言った。 

スープを飲んだあと、あの川の水によってお腹を壊すかと心配していたが、大丈夫だった。

それとも「夜も眠れないくらい元気になってしまったらどうしよう」と、ドキドキもしたが、それもなかった。

アフリカへ来てすっかりたくましくなった自分の胃腸が、一番恐い気もする。



あとがき

以前掲載していたホームページで、けっこう人気のあったコラムです。

ただこういった内容は、マサイ族に関する別の本を読んでも載っているだろう

という理由でボツになりました。

僕にしてみたら、貴重な体験でした。


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テーマ:自然科学 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2009/07/12(日) 00:45:57|
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